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4/14は桜田淳子さんの生誕日

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2021/04/14 (Wed) 00:01
Akita's relative

本日4/14。
桜田淳子さんが生誕された記念すべき日を、僭越ながら心より祝福致します。

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淳子さんの芸能活動や新商品の情報が何もないので、ファン界は落ち着いてしまった様子ですが、3年前のオリジナルアルバム発売&感謝DAYライブに伴う熱い盛り上がりを経験しなかった新たなファンも増えていますし、新旧の支持者が入り交じって喜びを分かち合う日が再びやって来ることを願って止みません。

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さて..........極めて私的な話ですが、最近秋田に親戚が出来まして(市内ではなくお隣)。
今なお淳子さんとの共通点が増えていることを勝手に喜んでいる次第ですが、コロナ禍で会うことがままならないのが一寸残念。いずれお会いした際に、「秋田が生んだ大スター桜田淳子のファンです」と伝えるか伝えぬか、現在思案中です(笑)。


※使用している画像の権利は全て原権利者に帰属します。




2021/02/25 (Thu) 01:28
エバーグリーン

2021/2/25は桜田淳子さんの歌手デビューから満48年。

もう48年も経つのかと思う一方で、彼女の御姿や功績は、未だセピア色に染まっていないと感じる今日この頃です。
ファン層は現在も広がっており、つい最近も淳子さんと若い女性ファンとの間で一寸とした交流があったことが耳に入ったばかり。
NHK-BSプレミアムで再放送中の「澪つくし」も好評で、準主役を務めた淳子さんの魅力を再認識した方も少なくないようだ。

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そんな長きに亘ってファンを魅了し続けてくださる桜田淳子さんですが、テレビや出版メディアに初登場したのはいつだっただろうか。
私が所有する資料においては、月刊明星1973年2月号が最古の媒体。他にも2月発行のプレイボーイやセブンティーンらの週刊誌にてグラビアや記事が確認できるが、月刊誌の場合は号数月よりも2ヶ月前(の25日前後)に発売されることが一般的だったので、1972年12月末には雑誌内で紹介されていたことになる。
デビュー曲「天使も夢みる」が仮題とされているあたり、かなりの初期記事であることが伺えますね。

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しかしながら、デビュー前からスター候補生として大きな注目を浴びていた淳子さん。これが最古の掲載紙面だとは思えない。
スター誕生!決戦大会(1972年9月17日放送)の写真が幾つか残っていることから、当時の新聞やテレビ情報誌などで取り上げられた可能性も否定できないので、機会があれば調べてみたい事案の一つであります。
→週刊平凡1972年12月21日号紙面に、「ニックネーム募集」という上記より少し古い記事が見つかりました(2021/3/27追記)

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プロ歌手として最初のTV出演は、そのスター誕生!におけるデビューコーナーが有力候補ですが、正式デビュー日の一週前より出演するのが恒例だったらしいので、「天使も夢みる」の初お披露目は1973年2月18日放送回ということになりそうだ。

素人時代も含れば、同じスタ誕の秋田予選(1972年8月6日放送)が、最初という事になるのだろう。

・・・・・と考えるのは大きな間違いです。

熱心なファンの方の間では、淳子さんが小学校5年生時に素人参加番組「おくにじまん日本一(日本テレビ系列)」に出演していた事は既知ですよね。
具体的には、秋田市での収録回(1969年12月14日放送)にて、「チビッ子・マネッコ」のコーナーに出演したという情報が、Wikipediaで参照できます(凄いなWikipedia)。森山良子さんの「禁じられた恋」を唄ったのでした。
てんぷくトリオが司会進行を務めたこの番組を少しでも記憶している方は、将来のトップアイドル・女優に成長することがまだ想像できない頃の貴重な姿を、無意識の内に拝見していたかも知れないということです。

この時に局で撮影された写真数枚が淳子さんへ届けられたのだと思いますが(気が引けるので此処には載せません)、スタ誕決勝大会の写真同様、単なるスナップショットとは思えない出来栄えだし、出版系メディアの初登場も結局この時だったりして.........


※使用している画像の権利は全て原権利者に帰属します。



2021/01/18 (Mon) 22:22
追悼 フィル・スペクター

1960年代から70年代頃に活躍した米国の音楽プロデューサー、フィル・スペクター氏が他界した(享年81)。
報道によると、原因は新型コロナウイルスの合併症とのこと。

スぺクターはアマゾネス映画などに出演した女優を殺害(!)した罪で服役中だったが、年齢的に出所は難しいかもと思っていたので、とうとうこの日が来てしまったという感じです。

本ブログでも何度か触れたように、私は彼の遺した作品の大ファンである。
モダン・フォーク・カルテットのThis Could Be the Nightとライチャス・ブラザースのYou've Lost That Lovin' Feelin'は、ポップス史上の最高傑作だと思っているくらいだ。
70年代頃までの日本では、ビートルズ関連のプロデューサーといった程度の知名度だったが、彼の音楽を愛する大瀧詠一氏や山下達郎氏によるカヴァーや雑誌・ラジオなどを通じて作品が紹介されたことで、80年代頃にその名が広く浸透するようになった。
本当は60年代が活動のピークで、ビートルズはヒットチャート上のライバルだったし、フィレスレーベルより発表したザ・ロネッツ、クリスタルズらの楽曲が大ヒット(日本でもリアルタイムにヒットした曲は幾つもある)して、世界中にフォロワーが生まれたくらいの超大物なのですけどね。

このブログに目を通される方は余り興味ないかも知れないが、彼の製作した楽曲は70年代以降の歌謡曲にも多大な影響を及ぼしていると思うのです、特にサウンド面において。
熱心なフォロワーだった大瀧詠一氏による森進一・小林旭・松田聖子らの曲や自身のアルバムなどは、スペクターの代名詞ウォール・オブ・サウンド風のアレンジを邦楽の土壌にて継承し、テクノサウンド全盛の時代でも通用する音であることを証明してみせた。
桜田淳子さん関連でも幾つか思い当たるものがある。以前ここでも取り上げた「サマー・ガール」は歌詞とメロディ、その他「バイ・バイ・パーティ」、ライブで歌唱した「見つめ合う恋」、最近セルフカヴァーした「サンタモニカの風」に間接的な影響が出ているし、女優時代に出演したミュージカルの「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」だって一部のキャスト(役名)がモロに。。


今週は、追悼の意を込めてフィレス時代の作品集を聴きながらテレワークに励もう。
彼のトンデモエピソードは数知れず(伝記本が大変面白い)、人物的に尊敬は出来なかったけれど、元妻のロニー・スペクターが追悼コメントで述べた通り、そして私にとっても、「彼の作った音楽は永遠」....なのです。

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2021/01/01 (Fri) 16:12
待てば海路の日和あり

2021年を迎えました。

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戦後最悪の世界情勢と言われる中、 元凶であるCOVID-19の終息もしくは収束に光明は見えて来ず、国外で接種が始まったワクチンが期待とおりの効果を発揮したとしても、最低でも次の冬を越さなければ、以前の様な生活スタイルには戻れないんじゃないかと懸念されます。

桜田淳子さんが芸能活動を2~3年控えると報じられたのが2018年の45周年イベント後。
当時は長く待たされるんだなあと悲しい気分にもなりましたが、今となっては淳子さんの判断は正しかったことになるだろうか。
イベントなどを計画しておいて(コロナ禍で)中止に追い込まれたら、個人事業主が損害を全て被る可能性もあった訳ですから。

もうすぐ3年になりますので、本来ならそろそろ何かしらの活動を検討されていたのではないかと慮りますが、今の状況では早計と考えらておられるかも知れないですね。

流行りのオンラインライブでも良いのですけど。。。

そして、ファンが最も期待するデビュー50周年まで、あと2年しかない。
最遅でもその時までには普通にライブイベントが開催されファンが集えるようになっていること、及び関係者全員が健康無事に過ごせますことを、新年の祈願とさせて頂きたく思います。


P.S
昨年、歌手時代の淳子さんと縁の深かった芸能界の重鎮の訃報に数多く接しました。
志村けんさん、筒美京平先生、小谷承靖監督、そして中村泰士先生のご冥福を謹んでお祈りいたします。


※使用している画像の権利は全て原権利者に帰属します。


2020/08/13 (Thu) 22:34
流用したんじゃないの選手権

COVID-19蔓延と急な猛暑到来のおかげで、せっかくの夏季休暇を家でゴロゴロ過ごしているお父さん、今頃沢山いらっしゃる事でしょう。私もそんな一人なのですが、幾年かぶりに暇な時間が沢山できたので、録画していたテレビ番組を少しづつ拝見しているところです。
そんな私的な流行の中、10年前にBS-TBSで放送したSONG TO SOUL「いとしのレイラ編」をようやく視聴したのですが、誰もが知るあの名曲がパクリで構成されていたことが、ドミノスのメンバーだったボビー・コールドウェルから語られており、少し...いや大変ショックを受けてしまいました。35年も愛聴してきた曲なのに、パクリ曲だなんてちっとも知らんかった。
前半を彩るギターフレーズは、アルバート・キングの”As The Years Go Passing By”が元ネタで、後半の感動的なインストは、ジム・ゴードンの恋人だったリタ・クーリッジの"Time"をまるごと流用したものだそうだ。その後、ベテランのアルバート・キングは懐の深いところを見せた様だが、リタサイドの方は激怒し、2年後のブッカーT&プリシラのアルバム"Chronicles"にて原曲を公表したとされます。

余り詳しくはないのですが、リアルタイムでこの類の騒動を初めて知ったのは、八神純子さんの1980年の大ヒット曲でした。その後、小林亜星VS服部克久、松本零士VS槇原敬之なんてのもありましたが、確信犯のケース、偶然似てしまったケース、意図は無かったけど記憶に残っていたフレーズを流用してしまったケース、口約束で了解を得ていたのに後で盗作扱いされるケースなど、様々ありそうで、判断が難しいですよね実際。

これらを詳しく解説しているサイトはいくらでもあるので、有名どころはそちらにお任せするとして、余り話題にされてなさそうな、流用系/オマージュ系と思わしき楽曲について少しだけ書いてみたいと思います。


■My Johnny Doesn't Come Around Anymore(作/編曲: チップ・テイラー/ウェス・ファレル) ←Be My Baby、Then He Kissed Me(作/編曲:ジェフ・バリー/エリー・グレニッチ/フィル・スペクター)
米国の女性シンガー、デビー・ロリンズ(誰だよ..)が1964年に歌った曲で、英国でもジョー・ミークのプロデュースで、フリップ&デイトライナーズ(誰だよ..)がカバーした小ヒット曲。ちなみにチップ・テイラーは、"Wild Thing"や淳子さんもライブで披露した"I Can't Let Go"を作曲したことで知られるシンガーソングライター兼コンポーザー。
なかなか良い曲ではあるのですが、前半がザ・ロネッツのBe My Baby、サビがザ・クリスタルズのThen He Kissed Meに似ているというスペクターフリーク丸出しの構成が大変面白い作品。

こんな曲誰も知りませんね.............次。


■レイダースマーチ(作曲:ジョン・ウイリアムス) ←夕陽に立つウルトラマン(作曲:冬木透)
後者は「帰ってきたウルトラマン」の挿入曲。ソックリとまではいきませんが、冒頭からの楽器の使い方やリズムが大変よく似ていると思います。

でもジョン・ウイリアムスは冬木透の曲をパクりませんね.............次。


■ドラゴン怒りの鉄拳メインテーマ(作曲:ジョセフ・クー) ←鬼警部アイアンサイド(作曲:クインシー・ジョーンズ)
イントロは「ウィークエンダー」で使われていたので有名ですが、その後の旋律を覚えている人は少ないかな。
これはパクリくさいですね。どちらもブルース・リー出演作というのがなんとも...............


■SOS(作/編曲:都倉俊一) ←ともだち(作/編曲:筒美京平)
ピンク・レディーの2ndシングルと南沙織の3rdシングル。こちらもイントロが大変良く似ているが、1976年当時、誰もそんな指摘をしてなかったような気がする。
こんな近しいところから、しかも同国内のメジャー歌手のヒットシングルを分かり易く拝借するなんて事はしないでしょうから、「すいません、気が付いたら似ちゃってました」 「いいよいいよ、良くある事だもん」というフランクで大らかな会話が裏でなされていたに違いない(笑)。


■冬の日の帰り道(作曲:小泉まさみ) ←まだ子供でしょうか(作曲:森田公一)
アグネス・チャンの12Thシングルと、桜田淳子さんのアルバム収録曲ですが、両曲の特徴的なイントロがソックリです。
発売日が20日しか違わないので、どちらが元ネタとも言えず、なんでこんなことになったなのかと思いきや、どちらも編曲が竜崎孝路氏なのでありました(笑)。
思いついたフレーズを少しだけ変えて二人の歌手に同時提供したという事なのでしょうが、歌い手もレコード会社も違うのだから、もう少し何とかならなかったのかな?


■サマー・ガール(作/編曲:穂口雄右) ←Baby I Love You(作/編曲:ジェフ・バリー/エリー・グレニッチ/フィル・スペクター)
またもやバリー&グレニッチ。以前の記事でも書いたように。。書いてなかったっけ?、桜田淳子さんのアルバム収録曲であるサマー・ガールは、Baby I Love Youが下敷きになっていることは間違いない。
ただ複雑なのは、オリジナルであるザ・ロネッツのバージョンではなく、筒美京平氏がプロデュースしたDr.ドラゴン&オリエンタル・エクスプレスのバージョンを下敷きにしたと思わしき点(イントロが全く同じ)。Dr.ドラゴン側は、バリー&グレニッチやスペクターには当然許可を得ているでしょうから、要するに二次利用が許可されていたんじゃないかと想定できます。同じビクターだし。
だから、サビでオリジナルと同じコーラス(Baby I love you♪)が入っているんでしょうね。


■ペペロの冒険(作詞 :楳図かずお/作曲: 山下毅雄) ←コンドルは飛んでいく(作曲:ダニエル・アロミア=ロブレス)
1975年に放送された「アンデスの少年ペペロの冒険」の主題歌ですが、初めて聞いた時、誰もがサイモンとガーファンクルの歌を連想しましたよね、ね。原曲は1915年に発表されたペルーの民族音楽ですが、2003年まで著作権が存在していた模様。
Wikipediaには、オマージュしたとハッキリ記載されていました。まあ、1小節だけだしね。


■元祖天才バカボンの春(作詞:赤塚不二夫) ←十七の夏(作詞:阿久悠)
こちらも1975年(10月)より放映開始になった「元祖天才バカボン」のエンディングテーマ。番組内容とは異なるシリアスな曲調と、バカボンのパパの年齢が41歳と示された歌詞が大変話題になりました。
この曲のメロディーではなく、サビ前後の歌詞が、桜田淳子さんの「十七の夏」の冒頭の歌詞 (「特別の」~「だから」まで)のパロディーになっていますね。時系列的にもドンピシャです。
赤塚先生は時のアイドルを作品内で扱うことを好まれた方で、1975年には淳子さんの名前が、雑誌掲載作品の劇中に数多く使われていたりしますので、その嗜好から生まれた作品じゃないでしょうか?

尚、8/7の都知事会見で、小池氏が「この夏は特別な夏」と言い出したもので、淳子さんの「十七の夏」を脊髄反射で思い出した中高年が多発しているとか(笑)

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※使用している画像の権利は全て原権利者に帰属します。




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