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Thin_Android

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2017年4月7日 - 「スクリーン・ミュージックの宴」開演!

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2015/10/04 (Sun) 01:53
サッカー小僧の憧憬

「Moon Light 照らしてほしい 淡い光でー♪ 」というフレーズが頭の中から離れなくなる日が続いてますが、皆さん如何お過ごしでしょうか。

私と言えば昨年同様、FCバルセロナを中心に海外サッカー観戦に興じる週末を過ごしておりますが、2015-16シーズンはどうも具合が悪い。バルサはリーガもチャンピオンズリーグも一応上位に居るものの、負け方が非常に悪いんですよね。
リーグ戦開幕直前のスーペル・コパではアスレティックビルバオに五冠を阻止され、第05節では格下のセルタに大敗、今日も不調のセビージャに敗戦。昨シーズンには見られなかった脆さを露呈している。
チームの精神的支柱だったシャビとスーパーサブのペドロが移籍したにも拘らず、2016年1月までの補強禁止措置で戦力ダウンしたことや(アルダの出場認めてくれ)、怪我人が多くベストメンバーが組めないこと、昨シーズンに主要タイトルを総なめしたためモチベーションが低いなど色々言われているが、真の原因は
ユニフォームを縦縞から横縞に変えたからだろうなあ
阪神の吉田監督かよ!(笑)

それでなくとも調子が悪いのに、ここにきてメッシとイニエスタが戦線離脱する始末で、12月の来日を待ちわびるファンまで心配させている。又、カタルーニャ自治州がスペインから独立したらリーガを脱退するとか、ネイマールとマスチェラーノに脱税容疑(独立運動の影響か?)等の暗いニュースが続く。
カンテラ出身の若手セルジ・ロベルトの台頭が唯一の救いだが、今後も厳しい戦いが続くのは自明の理だ。

brog531.jpg

日本における昨今のサッカーブームは、一般的には1993年に開幕したJリーグと同年のW杯最終予選からだと思われがちだが、その時代を支えた若手選手が夢中になって読んだと言われる漫画「キャプテン翼」の存在を忘れてはいけない。
影響を受けたと言われる海外のプロ選手も多く、それもジダン、アンリ、デルピエロ、ベンゼマ、ネイマール、エジル等、錚々たる顔ぶれだから驚きだ。

本作は1981年に少年ジャンプ誌で連載開始されたのだが、既に高校生になっていた私の世代だと微妙だろうか。
多少読んだことはあるのだが、人間技とは思えない仰々しい必殺技を「xxxxxシュート!」とか叫びながら繰り出す作風は「アストロ球団」とか「リングにかけろ」などの少年ジャンプのスポーツ漫画を継承した様に思えるが、それらは一種の様式美(半分笑いながら読めるお約束の世界)だから許せるであって、キャプテン翼みたく真面目且つさわやかに描かれると、読んでいる方が気恥ずかしくなり、個人的は苦手だった。

そもそも我々の世代でも既に、サッカーは子供が昼休みや放課後に集まって嗜むスポーツの代表格だった様に思う。
野球ほど多くの道具を準備する必要がないため取っ付きやす易かったのだろうか、ガキ大将も運痴も皆一緒になってグラウンドや公園でサッカーボールを追い回したものである。

テレビでは試合中継がほとんどないためペレと釜本しか選手を知らなかった子供達は、1970年に放送開始された「赤き血のイレブン」でサッカーを学んだ。そして、「赤き血のイレブン」世代のサッカー小僧たちは、1974年のカンコー学生服のコマーシャルを見て、桜田淳子さんに憧れたのですよ(たぶん)。
学ラン姿で子供達と一緒にサッカーを楽しむというシチュエーションには多少無理があるが、好きなんだなあ、あのCM。

淳子さんは野球贔屓が有名で(金曜日は家族で盛り上がったのかな?)サッカーとの関連は余り聞かないけれど、カンコーのCMは彼女が演じた数少ないサッカー風景の一つという意味において、とても貴重なフィルムだ。

brog535-1.jpg
ヘディングをすると、いつも真上にボールを上げちゃうんですね(笑)


カンコーCMの歴史はこちらから↓
カンコー学生服公式サイト/CMギャラリー


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2015/08/09 (Sun) 22:57
栄冠は君に輝く

「投げ込めガッツー、投げ込ーめガッツー♪」というフレーズが頭の中から離れなくなる日が続いてますが、皆さん如何お過ごしでしょうか。

先日、全国高等学校野球選手権大会が開幕しましたが、今年は第1回の開催(1915年)から数えて、ちょうど100年目だそうですね。

100年目を記念した特番も各局で放送されており、過去大会のハイライトやエピソードを良く目にします。
ただ、延長に及ぶ熱戦が有名な「松山商-三沢」「星陵-簑島」「取手二-PL学園」「横浜-PL学園」「早稲田実業-駒大苫小牧」が何かと取り上げられることが多く、山口百恵とキャンディーズを出しておけば良いだろうと言う、どこかの風潮と余り変わらない感じが少々ウンザリ。

その点、47都道府県すべてに偏ることなくスポットを当てたNHKの「わがふるさとのベストゲーム | 高校野球100年のものがたり」は、滅多に放送されない貴重な試合や名選手の映像が、ニュースフィルムではなく"テレビ中継映像"を中心に振り返ると言う企画が素晴らしかった。各回15分という短尺で編集されており、多忙でも気軽に視聴出来たのもマル。

VTRが普及する前の、江川(作新学院)、土屋(銚子商)、定岡(鹿児島実業)、酒井(海星)、松本(東洋大姫路)、坂本(東邦)ら70年代に活躍した選手の"テレビ中継映像"は、本放送以来観た記憶が無い。
おそらく100周年特番のために民生用VTRで録画された試合を探し出してきたのでしょうか、二度と見れない可能性もある程に貴重な映像集ではないだろうか。

怪物と呼ばれた江川は(プロでもそうだったが)常に全力投球していた訳では無く、8分の力で投げるストレートと切れの良いカーブとのコンビネーションで三振の山を築いていた模様。只、ここ一番で投じるストレートは他の高校生とは違う軌道を描いている事が再認識できる。同じく怪物と騒がれた酒井の低めに突き刺さる様な重い速球も素晴らしい。後のチームメイトになった東海大相模1年生の原に打たれてはいたが、定岡のボールも思っていた以上に迫力があった。
欲を言えば、菊池(印旛)、小暮・阿久沢(桐生)、高松(能代)などプロに進まなかった名選手も観たかったですけどね。

最近発売された某写真週刊誌でも、70年代以降の都道府県別甲子園名投手ベスト3を挙げる記事が掲載されていたが、何故か自分の出身県よりも贔屓が入る(笑)秋田代表を確認したみたところ、上述の高松や松本(秋田経大付)が入っていなかったので全然ダメ。
以前にも本ブログで取り上げた高松投手の貴重な映像は、現在フェイスブックのファンサイトで公開されており、ジャイアンツそっくりのユニフォームで大クック........じゃなかった大リーグボールを投げる星飛雄馬ばりの投球フォームは、高校野球ファンならずとも必見だ。

リンク: 高松 直志 投手(能代高校)

brog520-1.jpg
私だって秋田代表!



高校野球最大の伝説は、海草中の嶋清一選手で間違いないだろう。
星飛雄馬のモデルは沢村栄治かとずっと思っていたが、実は同じ左腕投手である嶋清一という説がある。
六大学ではその実力を発揮したとは言えなかった様だが、プロ入りすることなく学徒出陣で散ってしまった。

今年の夏の甲子園でも、8・15の黙祷が行われる


2015/02/08 (Sun) 02:51
リーガ2014-15シーズン第22節~マドリードダービー

本日のリーガエスパニョーラ第22節、アトレティコ・マドリード対レアル・マドリードは、なんとアトレティコが4-0で大勝利。
セルヒオ・ラモス、マルセロ、ペペのレギュラーDF陣とハメス・ロドリゲスが欠場していたとはいえ、あのレアルがこの様な惨敗をするとはちょっとした衝撃だ。
今シーズンのレアル無敵伝説に終止符を打った試合として、長く語り草になるかもしれない。

これで俄然、優勝争いが面白くなってきた。

昨年のリーグ覇者であるアトレティコは現在3位。
新星グリーズマンらの活躍で、首位のレアルに対しては今シーズン4勝2分と圧倒(コパ等の試合も含む)しているが、何故か2位のバルサには2敗1分と勝てていない。一方、バルサはクラシコでレアルに負けてるしで、3強の相性が順位争いを面白くしている様だ。

近年、リーガ3強と呼ばれるレアル・マドリード、バルセロナ、アトレティコ・マドリードは、日本プロ野球で言うところの巨人、阪神、ヤクルトであろうか。
白がチームカラーで、首都にフランチャイズを置き、豊富な資金力でスーパースターをかき集めるレアル・マドリードが巨人。地方の大都市をフランチャイズとし、赤と青の縦縞ユニフォームを身に纏い、やはりスーパースターが多いバルセロナは阪神。首都をフランチャイズとするもう一つのチームで、赤と白の縦縞のユニフォームを纏い、スーパースターは少ないけど、チーム一丸で戦うアトレティコ・マドリードはヤクルトという印象だ。

私はプロ野球は巨人ファンだが、サッカーではバルセロナを応援している。トリデンテ(メッシ、ネイマール、スアレス)や中盤のイニエスタらを中心とした、スマートでハイセンスな試合運びが好きだし、バルセロナにはサグラダ・ファミリアもあるしね(笑)

今年になって自由な時間が大変少なくなった私だが、スペインリーグを中心に海外サッカーを観戦する事が唯一と言ってもいい娯楽になっている。再来週からは、チャンピオンズリーグのラウンド16が始まるしで、当分睡眠不足が続きそうだ。

このブログでこんな事を書いても、誰も興味無いのでしょうけど(笑)


2012/08/23 (Thu) 01:20
アマチュア球界 伝説の左腕投手

夏の甲子園大会も佳境に入っている様ですが、そういえば、私はまだ1試合も観ていません。
でも、1試合で22奪三振という大記録を打ち立てた左腕投手が騒がれていることは知っています。
準々決勝で敗退してしまいましたが、4試合で68奪三振(歴代3位)というのは本当に凄い。1試合あたり17三振ですからね。

VTRで彼の投球を見て思い出したのが、81年夏の甲子園大会でノーヒットノーランと奪三振ショーを見せてくれた、名古屋電気高の工藤公康投手。
同じ左腕、やや低身長、カーブ(スライダー?)の切れ具合等、結構近い感じがしたのですが、野球に詳しい方、如何でしょうか?

さて、アマチュア球界で左腕の好投手に出会う度、いつも思い出す二人の選手がいます。
私が野球を最も良く観ていた70年代の半ば~終わりに彗星のごとく現れた、伝説の左腕投手の思い出を少しだけ語ってみます。

■ハワイ大学 デレク・タツノ投手
 
米国の大学野球記録を総塗り替えし、1977年の日米大学野球でベールを脱いだ、怪物左腕投手、デレク・タツノ。

日本名(静男)を持つ日系3世でありながら、体系はアメリカ人のそれであり(食物が違うせいですかね)、長髪を靡かせ、左手の指をゆらゆらさせながら息を吹きかける仕草が異様なムードを醸し出し、投げれば凄い切れの快速球で、日本チームは手も足も出ず三振の山を築きました。

当時法大の江川投手と投げ合った様に記憶していますが、あの江川さんのストレートがヘナヘナに感じたくらいで(これ本当)、私の記憶の中では、アマチュア球界で最高のスピードボールを投げたピッチャーです。

このタツノ投手は日本でのプレーを望み、大学を中退し社会人のプリンスホテルに入団しましたが、その後すっかり噂を聞かなくなりました。西武に行くのかなと思っていたら、結局メジャーからドラフト上位指名を受け帰国。米国球界ではメジャーに一度も昇格すること無く、29才で引退した様ですね。
プリンスホテル時代には既に全盛期を過ぎており、実は肩を壊していたという話も聞きますが、真実の程はわかりません。

今、彼は何をしているのだろう...VTRも残っておらず、ネットにUPされている僅かの写真と記事でしかその姿を知ることが出来ない、正に伝説の左腕投手です。

参考リンク: 「ハワイスポーツの殿堂とサイバー・ミュージアム」
参考リンク: 「デレク・タツノ 投手」


■能代高校 高松直志投手


東北のリアル星飛雄馬として、知る人ぞ知る高校生左腕、高松直志投手。秋田県代表・能代高校のエースとして、1978年夏の甲子園に出場しました。

1回戦から名門・箕島高校と対戦し、初回にスクイズで1点を失うも、以降は0点に押え(4回以降パーフェクト)、強豪相手に大健闘を見せたのですが、結局は1対0で敗退。
たった1回戦で姿は消したものの、その右足を高々と蹴り上げるダイナミックなフォームは、あの星飛雄馬にそっくりで、本当に驚いたものです。
いやフォームだけで無く、その球威においても甲子園出場ピッチャーの中で群を抜く速さで、同じ大会で最も注目を浴びていた"ツネゴン"こと南陽工の故・津田恒美投手より10km/hも速かったそうです
(津田投手の球速が130km/hだったのに対し、高松投手は140km/hと、当時の朝日新聞に掲載されました)。
当時スピードガンは初速・終速のどちらを計測していたのかハッキリしませんが、あの炎のストッパーと言われた津田投手が130km/hであるなら、おそらく終速計測でしょう。
初速計測なら140km/hは出ているでしょうから、それより10km/h速い高松投手は、高校生にして150km/hくらい出ていたことになります。

左腕で150km/h、そしてあの変則フォ-ム...そりゃ打てっこありませんね。

この試合を見ていた私は、すっかり高松投手のファンになり、プロ野球の世界で(できれば巨人で)活躍する彼の姿を楽しみにしていたのですが、高松投手はその年のドラフトを拒否し、ノンプロの電電東北(現NTT東北)に入社。デビュー戦で打ち込まれる等、社会人では余り活躍できなかったのか、数年後のドラフト候補に再三名前は挙がるものの、結局どこからも指名が無く、プロ入りは実現しませんでした。
数年前、インターネットで現在の彼のインタビュー記事を読む機会があったのですが、ノンプロでは8年ほどでユニフォームを脱がれ、今は普通のサラリーマンとして、同じ会社で頑張っていらっしゃるとの事です。

この人も又、その勇姿を(数枚の写真と文章でしか)知ることの出来ない、伝説の左腕投手でありましょう。

参考リンク: 「投手大国”秋田…“東北の星飛雄馬”も輩出」
参考リンク: 「甲子園の伝説投手 ”稲妻直球”東北の星飛雄馬 能代 高松投手」
 

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