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Thin_Android

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2017年4月7日 - 「スクリーン・ミュージックの宴」開演!

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2013/05/25 (Sat) 15:08
相澤秀禎会長の訃報に寄せて

既に皆様ご存知のことかと思いますが、一昨日、サンミュージック創業者である相澤秀禎会長がご逝去されました。
この場を借りて、謹んでお悔やみ申し上げます。

言うまでもなく、相澤会長は桜田淳子さんをアイドル歌手として世に送り出された、ファンの方々にとっても大きな恩義のあるお方でした。

淳子さんのデビューにあたっては、当初は他の大手プロダクションに所属することで決まりかけたそうですが、最終的にはサンミュージックにご縁がありました。将来を大いに嘱望された淳子さんを引き受けられた相澤さんのプレッシャーたるや、相当なものだったことでしょう。
そのプレッシャーを跳ね除け、淳子さんを見事にトップアイドルに育ててくださった相澤さんは、大変偉大な方であったと思います。淳子さん程の才覚を持った方なら他のプロダクションでも成功したかも知れませんが、私達が愛した桜田淳子さんは、間違いなく"サンミュージックの桜田淳子"に他なりません。

私がまだ子供の頃、森田健作さんと桜田淳子さんを通じてサンミュージックの名を知り、そして雑誌等マスコミにも気軽に登場された相澤さんのことも勿論存じていました。
20代前半には、麹町と四谷を結ぶ新宿通りに本社があった会社に3年間勤めていた関係上、以前のサンミュージック本社(大木戸ビル)は幾度となく目にしてきましたし、一度も立ち寄った事はありませんが、その風景は今も深く心に刻まれてます。

2003年に「スター誕生」プロデューサー池田文雄さんがご逝去され、今度は相澤さんが旅立たれ、淳子さんの芸能界における親代わりを務められた方々の訃報を聞く度、心が痛みます。

相澤会長へ心より哀悼の意を表し、暫くの間は通常の更新を控えたいと思います。

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2013/05/19 (Sun) 19:08
ピンク・レディーと淳子さん

当ブログでも時々書いております様に、私は12歳~14歳の一時期、ピンク・レディーが好きでした。
あれはまだ大ブレイク前夜のことでしたが、1976年暮れの各新人賞レースをTVで観ている時、パーティ会場で後ろを向いていたミーさんの肩幅に何故か魅せられて以来のこと(笑)。
桜田淳子さんとキャンディーズが好きだという人は結構多い様ですが、私の様に桜田淳子さんとピンク・レディーが好みという人は余り見かけません(まあ、判る気もしますが)。私にとっても物凄く思い入れが強いという程では無いのですが、70年代当時の記憶を鮮烈に呼び起こしてくれる重要アーチストの1組である事は間違い無いところです。

1976年8月25日にデビューした彼女達のパフォーマンスを「スター誕生」で見かけた時は、その衣装や奇抜なダンスに、正直なところB級感を得ずにいられませんでしたが、やはり思春期男子の好奇心を駆り立てる何かを持っていたのでしょう。新人賞レースに出続ける彼女達を見て、それまでの日本歌謡界では余り見たことが無いような音楽的/ビジュアル的なアプローチに、不思議な魅力を感じた事を覚えています。
今思えば、洋風でダンサンブルな曲群は、同じ阿久/都倉コンビの手による山本リンダ→フィンガー5の系譜だった様にも思いますが、淳子さんやキャンディーズの様な健康的でキュートなビジュアル面も取り入れ、アイドル色を強めた事が更なる大成功の要因だったのでしょうね。

歌謡曲ファンの中には「渚のシンドバット」~「ウォンテッド」の頃が最盛期という意見もありますが、私も概ね同じ印象で、最大のヒット曲「UFO」以降は絶大な子供人気に支えられた印象で、当時中学生だった私の周囲では、加熱ぶりも壱段落し始めていたことを覚えています。

私の場合、やはりレコードの1枚も買わない完全な隠れファンだったのですが、その頃になるとステレオラジカセを所有していましたので、さほど不自由はありませんでした。
現在は「コンプリートシングルコレクション」他、3組のCDを所有してまして、時折耳を傾けたりするのですが、彼女達のスタジオ盤アルバムは、1981年の解散までにわずか5枚。しかも歌謡曲カバーメインの1st、TV主題化集の2nd、アメリカで製作した4th、洋楽カバー集の5th等...日本で製作したまともなオリジナルアルバムは4th「ピンク・レディーの不思議な旅」のみであり、ライブアルバムの方が数多く発売されたというのだから、音楽好きには物足りない状況です。メガヒット曲を多数持たながらも(ちなみにB面も良い曲が多い)、音楽的な広がりが無さ過ぎて、直ぐに飽きてしまうのが難点でしょうか。
brog240.jpg

桜田淳子さんとPLは同じスター誕生出身で、歌手として活躍した時代も近いことから、数多くの共演があったと思いますが、中でも1977年に放送開始したドラマ「気になる季節」(テレビ朝日)では、淳子さんがPL2人の従妹という設定で1~3話と最終回に出演されています。
淳子さんの他にも百恵さん/昌子さん/西城さん/郷さんら錚々たるゲストが出演しており、近年の再放送も叶っていないため、「あこがれ共同隊」と同じく70's歌謡ファン垂涎の幻のドラマでもありまして、私も地元では放送されなかった為に未見であり、CS全盛の昨今、放送してくれるのを首を長くして待っているのですが、ゲスト出演者が多いことが逆にネックになっているのか、全くその気配はありません。
brog239.jpg

現在、2組の共演を最も簡単に拝見できるのは、2011年に発売された「ピンク レディー In 夜のヒットスタジオ: フジテレビ秘蔵映像集」というDVD-BOXだと思われます。
発売当時、「夜のヒットスタジオ」はCSで放送中でしたが、本商品発売を優先したがためにピンク・レディーがNG歌手になってしまう残念な出来事がありました。
PLが見れないのも不満でしたが、淳子さんが共演した回がすべて放送できなくなった事に、とりわけ怒りを覚えたものですが、結局は様々な誘惑に負けてしまい、後日DVD-BOXを購入してしまったという訳です。

桜田淳子さんの収録映像はごくわずかなものですが、自分用のインデックスとして、出演シーンを此処に書き出しておきますので、鑑賞の機会がありましたら参考にしてみてください。

■DISK1(夜のヒットスタジオ映像)
32:43~ 1977/10/03オンエア。
「ペッパー警部」歌唱中、淳子さん雛壇(視認やや困難)。
40:31~ 1977/12/12オンエア。
「UFO」歌唱中、淳子さん雛壇。
53:51~ 1978.4.10オンエア。
「渚のシンドバッド」マイクリレーで淳子さんからPLへ。
「渚のシンドバッド」OPメドレートリの背後、全員でダンス。
「サウスポー」歌唱中、淳子さん雛壇。
59:08~ 1978.5.15オンエア。
「UFO」OPメドレートリの背後、全員でダンス。
「サウスポー」歌唱中、淳子さん雛壇。

■DISK2(夜のヒットスタジオ映像)
00:57~ 1978.11.20オンエア。
「カメレオンアーミー」歌唱中、淳子さん雛壇。
17:45~ 1979.3.19オンエア。
「ジパング」歌唱中、淳子さん、雛壇。
30:49~ 1979.7.16オンエア。
「十七の夏」マイクリレーでPLから淳子さんへ。
「波乗りパイレーツ」歌唱中、淳子さん雛壇。
38:32~ 1979.10.08オンエア。
「KISS IN THE DARK」歌唱中、淳子さん雛壇。
41:56~ 1979.11.12オンエア。
「サウスポー」OPメドレートリの背後、全員でダンス。
「KISS IN THE DARK」歌唱中、淳子さん雛壇(視認困難)。

■DISK3(バラエティ番組映像)
36:07~ 1977.10.4オンエア。
第14回オールスター紅白大運動会の100M走で淳子さんとミーさん並走。
37:37~ 1978.2.7オンエア。
オールスター寒中水泳大会の開会式で、淳子さんとPLが選手宣誓。
39.38~ 1978.2.14オンエア。
オールスター雪の祭典のももひきレースで、淳子さんとミーさんが並走。
恐怖の90M級ジャンプに挑戦するミーさんに「がんばれ」と声援を送る淳子さん。
「UFO」歌唱シーンでも淳子さんが遠目にチラリ。

■DISK4
なし

CSでこんなに淳子さんの出演回が飛ばされたのかと思うと、改めて腹立しい気持ちにもなりますが(笑)、PL出演回が放送可能だった前々回のサイクルを真剣に観ていなかった自分にも非があるので、諦めるしかありませんね。
又、DISK2の1978.11.20放送回と、1979.11.12放送回はCSでも未放送だと思われますので、ほんの少し映し出された淳子さんの映像は貴重かも知れません。


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↑ピンク・レディーにも興味がある桜田淳子ファンにはお勧めですが、淳子さん目当てで購入する程の商品ではございませんので、あしからず。


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↑オリジナルアルバムで最も面白いと思うのは、TV番組主題歌とCMメドレーだけで構成した「星から来た二人」ではないかと思っています。

2013/05/11 (Sat) 13:56
桜田淳子映画ロケ地ガイド (花の高2トリオ 初恋時代) Part3

前回から少し間が空いてしまいましたが、森昌子さん・桜田淳子さん・山口百恵さんが揃って主演した、1975年の東宝映画「花の高2トリオ 初恋時代」ロケ地紹介のPart3をお届けします。

ストーリーの順序を考慮するならば、
・銀座か新橋近辺にあったと思われる「オートクチュール・ケイコ・ブティック」
・戸田市か調布市の可能性が高い矢沢一平宅
を紹介できれば良かったのですが、現時点では見つけ出す事が出来ていません。
従いまして、今回は高2トリオが東南大学ボート部員達と出会い、過ごした場所を捜索してきました。
(各写真の撮影日は2013/05/06)
hatukoi0300.jpg

とにかくこの映画、やたら川や河原が登場します。
大きく分ければ4箇所で、
・途方に暮れた3人が四つ葉のクローバーを探した河原
・東南大学部員と漕行したボートコース
・柳田キャプテンと鉄治が対決した河原
・熱気球を作った河原、及び熱気球が到着した河原

この内、最初の2箇所が、戸田公園近辺で撮影されたものだと思われます。
(戸田漕艇場で撮影があった事は、近代映画特集本等で公表されているが、四つ葉のクローバーを探すシーンの場所は推測)

①矢沢一平の家を飛び出し、河原で四つ葉のクローバーを探しながら、それぞれの学校生活を紹介する高2トリオ。
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②埼玉県戸田市内と東京都板橋区に挟まれた荒川の土手(戸田市側)。
昔の航空写真では一面芝生が生い茂っていたことが判っていますが、現在は国土交通省による土砂改良工事が進み、緑地が減少していました。
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③戸田漕艇場の直ぐ傍であること、草花が映像に映し出されているものと酷似していること(クローバーも生えていました)、対面の土手の風景等から、この場所のどこかでは無いかと推測しています。申し訳ありませんが、確度は50%くらいでしょうか。
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④合宿所前で早朝体操に励む東南大学ボート部員。
hatukoi301.jpg

⑤戸田漕艇場の1974年頃の航空写真を比較検証した結果、東南大学ボート部合宿所と艇庫は○○大学のそれを借りて撮影したことが判りました。手前に映る青い屋根が艇庫となります(但し、合宿所内部の撮影はスタジオセット)。
下記は、現在の航空写真ですが(GoogleMapより引用)、合宿所も艇庫も建替えられており、木々の減少も目立ちますが、当時と全く同じ場所に存在していることが判ります。
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⑥部員達とボートコースを槽行する高2トリオ。
hatukoi306.jpg

⑦現在の戸田ボートコース。手摺の色が当時と変わっていました。
hatukoi307.jpg

⑧ボートに無断で乗った罰として、艇庫の前でシゴキを受ける高2トリオ。
hatukoi308.jpg

⑨現在の○○大学艇庫。○○大学とは、真ん中にある大学です(笑)。
hatukoi309.jpg

⑩高2トリオを迎えに来た矢沢恵子(南田洋子)。
hatukoi310.jpg

⑪漸く会えた恵子にすがりつく高2トリオ。
hatukoi311.jpg

⑫○○大学艇庫前から見たボートコース。
木々は伐採され、当時は砂利だった地面もアスファルトで舗装されていました。南田さんの頭越しに映る三洋電機戸田流通センターは、下記写真の川向こうの左上辺りに建っていたことが判っています。2006年頃にプロロジスに売却され、その後解体されたため、現在は平地になっている模様。
hatukoi312.jpg


今回は以上となります。次回掲載時期は、6月頃を予定。
hatukoi314.jpg


※使用している画像の権利は全て原権利者に帰属します。

2013/05/02 (Thu) 23:58
「スプーン一杯の幸せ」にご出演された方のブログ

桜田淳子さん主演第一回作品「スプーン一杯の幸せ」(1975年松竹)に、男子バトミントン部員役(大古役?)でご出演された山本伸二さん(現・劇団葡萄座 座長)のブログにて、撮影当時のエピソード等が紹介されていることを、Twitter経由で先日知ることが出来ました。

矢も楯もたまらずコメントを書いたのですが、大変人柄の良い方で、図々しい質問にもご丁寧に対応して頂けました。撮影の合間には、淳子さんを交えて「なぞなぞ」や「噂話」を言い合ったりして楽しまれたそうです。

常々淳子さんの情報をウォッチされている方々なら既に拝見されているかも知れませんが、ご存知無い方もいらっしゃると思いますので、こちらでも紹介させて頂きます。

こちらのブログ→ 「雑用係。の雑記帳」


黒沢年雄さんのお顔のすぐ右上に映っている男性が、山本伸二さん。
brog230.jpg

いやー、淳子さんと共演された方と会話できるなんて思いもしなかった。
これぞスプーン一杯の幸せであります。
brog232.jpg

共演者の皆さんと休憩時間に談笑された時のこと、淳子さんは覚えていらっしゃいますでしょうか?

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