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2017/09/30 (Sat) 23:40
七宝の山に登って手を空しゅうす

11/16に発売予定の 「作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年、生誕80年 完全保存版」(リットーミュージック刊)という本に、桜田淳子さんの特別インタビューが掲載されるようですね。
阿久作品を歌った数多くの歌手の中から淳子さんを選択されたリットーさん、さすが歌謡界の歴史を良く分かっていらっしゃる。(10/17記)

阿久悠の膨大な作品をほぼ網羅するジャケット写真付きデータブックが発売

--

桜田淳子さんが芸能活動を休止するまでの約20年間、多くの優れた作品を世に送り出されてきた半面、企画倒れや未発表で涙を飲んだ作品も数多くあることでしょう。
淳子さんのデビュー満45年は間もなくやってきます。彼女の長い芸歴を振り返る一視点として、そのようなエピソードを整理しておくのもファンにとっては重要な事かも知れません。

とは言っても、私は大して知らないんですけどね(笑)
乏しい知識で誠に恐縮ではありますが、誰も纏めてくださらないので、取り上げず此処に書き留めてみたいと思います。

又、桜田淳子界に精通し、かつ本記事が目に留まった方、良い情報をお持ちであればご教示頂けますと大変幸甚です。

--
まずは楽曲関連について。

近代映画1975年12月号に拠ると、同年11/25に発売する第8弾シングルは「よろしく」の予定だったと記載されている。
改めて言うまでもなく、最終的には「はじめての出来事」に入れ替わり、52.7万枚の大ヒットを記録することになるのだが、「よろしく」という同名曲が、後のオリジナルアルバム「スプーン一杯の幸せ」(75/3/25発売)に収録されました。上述のシングル候補と同じモノか否かの確証は何もありませんが、発表時期や良質な楽曲クオリティを考えれば、同名同曲の可能性は高そうですね。
「はじめての出来事」についても、森田公一さんと中村泰士さんの競作だったらしいのですが(出典:アサヒ芸能2013/2/14号 石田伸也著 「百恵と淳子の交差線VOL6」)、中村バージョンがどのような曲に仕上がっていたのかも大変興味をそそります。

brog599.jpg

その他にも淳子さんが歌う予定とされていた楽曲が幾つか知られている。
近年になって公に伝えられたのは、中村泰士さんが作詞・作曲された「小心者」の一件でしょうか。
20歳の淳子さんに歌わせたいと思った中村さんがサンミュージックに持ち込んだものの、「大人っぽく過ぎてダメ」と折り合わず。いずれ歌える日が来るまで眠らせておいても良かったが、どこからか曲の評判が流布し、1980年に梓みちよさんが歌うことになったというもの。(出典:アサヒ芸能2012/10/27号 石田伸也著 「消えた歌姫の伝説VOL3~桜田淳子」)
梓さんバージョンを聴く限りにおいては、サンミュージックの意見は正しいのかなと思いました(笑)。淳子さんが歌手活動されていた25歳までだと、歌うチャンスは無かったかも知れませんね。
中村さんは現在の淳子さんが望まれるなら「小心者」を唄ってほしいと仰っていますが、それはいつの日か実現するでしょうか。

ファンの間で語り草となっているのは尾崎亜美さん作の「ギヤマンドール」
Wikipediaによれば、「LADY」に続く1980年春の新曲として告知までされていたにも拘らず、結局「美しい夏」に変更されたとのことだ。告知までされていたということは、レコーディングされていた可能性は十分にあると思うが、今のところ桜田淳子版ギヤマンドールは日の目を見ていない。数年後に松本伊代さんのアルバム(1984年発売)に収録されたことも知られるところで、一度耳にしたことがあるが、「小心者」とは打って変わり、当時22歳目前の淳子さんが歌うには少々幼い印象を受けた。
「美しい夏」に差し替えられた理由は、山口百恵さんの結婚・引退発表に影響を受けたためと伝えられますが、曲調と年齢の兼ね合いも判断基準の一つだったのかもと想像しております。

--
続いて、ドラマ・映画部門。

桜田淳子さんが初めて出演したドラマは、ご存知の通り「てんつくてん」(NTV 1973/10/7放送開始)であるが、その前に出演検討されていたのが、森田健作主演「おこれ!男だ」(NTV 1973/2/25放送開始)。
これは当時の森田・桜田対談で何度か話題に上っているので間違いないと思われるが、レギュラー出演とゲスト出演の両方で検討されていた様です。いずれも実現しなかったが、その理由については一切語られておりません。

brog600.jpg

「てんつくてん」の後は、金子吉延主演「どっこい大作」第59話(NET 1974/3/4放送)、篠田三郎主演「若い!先生」第2話(TBS 1974/5/20放送)へのゲスト出演を挟み、「となりのとなり」(NTV 1974/9/28放送開始)で2度目のレギュラー出演を果たします。
しかしながら、その間にもレギュラー出演が予定されていた番組があったことは余り知られていない。
それが北公次主演「ボクは恋人」(CX 1974/4/5放送開始)。
当時人気絶頂のフォーリーブス北さんに、郷ひろみさん、杉田かおるさん、坂口良子さん、岡崎友紀さんと豪華キャストの話題作でしたが、私は一度も拝見したことがなく、淳子さんにどんな配役が予定されていたのか想像がつきません(下記画像を見る限り準主役級と思われ)。北さんの相手役としては、当時は若すぎる気がしますけどね。
脚本を手にしながらの番宣写真まで撮られておきながら出演回避となった理由は、「おこれ!男だ」同様、全く不明です。
⇒この後、下記写真掲載誌とは違う書籍で調べていたところ、桜田淳子さんは第1回のゲスト出演だったようです。インターネットではゲスト出演の記録すら見つかりませんが、実際はどうだったのでしょうか?(2017/10/2追記)

brog601.jpg


主演映画第2作は「遺書 白い少女」(松竹 1976/4/24公開)でしたが、実は1964年に浜田光夫・吉永小百合コンビでヒットした「愛と死を見つめて」のリメイクが頓挫したために入れ替えられた企画だったそうだ。これは淳子さんご本人が雑誌のインタビューで語られたエピソードであるため、おそらく間違いないでしょう。落合恵子さんが書かれたストーリーも似ているが、「遺書~」の劇中で大場久美子さんが「愛と~」のミコと同じ病気を匂わせるいで立ちで登場するのは、脚本家(八木保太郎)が同じ方のためだと思われます。要するに「遺書~」は「愛と~」へのオマージュ作品でもある訳ですね。
ちなみに淳子さんは、「愛と~」や「遺書~」の様な悲しい作品は好んでおられなかったそうです。(2017/10/6追記)



本ブログで何度も取り上げているのは、「男はつらいよ」シリーズへの再登板。
「葛飾立志篇」(松竹 1975/12/27公開)から1年後の第18作に同じ配役で出演する構想があったことが度々噂されている。それが事実だったのか否かは検証不十分であるが、確か週刊誌のスッパ抜き記事が出処ではなかっただろうか?
時は1976年秋。事前に交わされた年間出演契約の元、松竹より「男はつらいよ」第18作への出演交渉を行ったものの、淳子さんのスケジュールが折り合わず破談となり、両者間に溝ができてしまったというもの。
その後、毎年恒例になりつつあったGW映画に東宝作品である「若い人」(1977/4/23公開)を選び、以降は契約消化のために出演した「愛情の設計」(1977/7/16公開)を最後に松竹と疎遠になっていることを考えれば、単なる噂ではない様に思えてしまう。
手元にエビデンスが無いため出典を示すことができないが、時間が許せば国会図書館や大宅壮一文庫等で探してみたいと考えているところです。

1980年にも信憑性の定かでない噂がある。
薬師丸ひろ子主演「翔んだカップル」(東宝 1980/7/26公開)に、杉村という女子高生役にキャスティング寸前だったというもの。実年齢に拘りたいという相米慎二監督の反対でご破算となり、最終的には石原真理子さんに落ち着いたのだとか。私的には当時の淳子さんがその役を演じるイメージが湧かないし、仮にオファーがあったとしても断わったのではないかと何気に思うのだが、如何でしょうか。

最後は淳子ファンなら知らない人はいない?幻の主演作「みちのく子供風土記」(1985年5月公開予定)。
淳子さん以外にも大坂志郎さんら秋田県に縁のある方をキャスティングした作品で、完成間近まで進捗したものの、予算都合により制作中止になったそうだ。映画ビジネスの事は良く分からないが、撮影は完了していたと淳子さん自身の証言を聞いた方もおり、更に下記写真のような劇場掲示用と思われるスチール写真まで出回っているのに、この時点で予算が足りなくなって製作を諦めるなんてことがあるのだろうか?
この映画に関する情報は極めて少ない。毎日グラフ1984/12/2号が最も撮影時の詳細を報じたものではないかと思われるが、プロデューサーや監督の名は判明したものの、制作会社や配給先すら突き止めることは叶わなかった。
個人的には、桜田淳子さん関連で最もサルベージしたい作品です。

brog602.jpg


他にも公になっていない無数のエピソードが存在するのでしょうが、現時点で私が知っているのはこの程度かな。
個人的に、この手の話には興味津々なので、引き続き情報収集に努めて参ります。


※使用している画像の権利は全て原権利者に帰属します。

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コメント

我らが天使

こんばんは。
更新お疲れ様です。^^

今日は“守護天使”の日だそうです。
芋掘りしている可愛い天使は、
我らが守護天使・・・でもあり、
守護すべき天使ですな。うん。
やたらかわいいし、無邪気ですね。
最高の笑顔です。(^ω^)ノ

しかしアイドルに手袋も付けさせないで
芋を掘らせるとは!
そんなことおかまいなしの淳子さんが好きなんですけどね。
そこがやっぱりジュンペーだべサ。
ガッツ!ジュン、コ。・・・ん?(笑)

しかしよく纏めましたね、淳子さんの幻シリーズ。
僕が知らないことばかりで、タメになりましたm(_ _)m
「みちのく子供風土記」はいつだったかオフ会で熱心に調べていた人がおりました。

一番下の写真は、博品館で淳子さんに
「この花は私です!」とドヤ顔で言って花を差し出し
困らせてる誰かさんですか?(笑)

Re: 我らが天使

桜えびさん、こんばんは

> 更新お疲れ様です。^^


ありがとうございます。


> 今日は“守護天使”の日だそうです。
> 芋掘りしている可愛い天使は、
> 我らが守護天使・・・でもあり、
> 守護すべき天使ですな。うん。
> やたらかわいいし、無邪気ですね。
> 最高の笑顔です。(^ω^)ノ


守護すべき天使? 天使のくちびる的なものですか(笑)
本ブログのスローガンにも近いし、同感ですね。


> しかしアイドルに手袋も付けさせないで
> 芋を掘らせるとは!
> そんなことおかまいなしの淳子さんが好きなんですけどね。
> そこがやっぱりジュンペーだべサ。


都会に出ても映えますが、自然と戯れば秋田っ子の純朴さに戻る二面性が、淳子さんの魅力の一つでした。


> ガッツ!ジュン、コ。・・・ん?(笑)


懐かしいネタありがとうございます(笑)


> しかしよく纏めましたね、淳子さんの幻シリーズ。
> 僕が知らないことばかりで、タメになりましたm(_ _)m


いえいえ、もっと真剣に探せばまだあると思うのですが、あまり時間が取れなくて。
言ってる傍からひとつ思い出しましたが、エビデンスが見つかったら追記しておきます。


> 「みちのく子供風土記」はいつだったかオフ会で熱心に調べていた人がおりました。


さなえの会に情報連携して、秋田で「みちのく~」の縁の地を訪ねて頂いたのですが、作品の行方のヒントはなかったようです。
どこかに未編集のフィルムが眠っているんじゃないかと思うとね...


> 一番下の写真は、博品館で淳子さんに
> 「この花は私です!」とドヤ顔で言って花を差し出し
> 困らせてる誰かさんですか?(笑)


そんな方いらっしゃったんですか?(笑)


「白い少女」

こんばんは。

「遺書・白い少女」にはそんなエピソードがあったんですね。
リメイクは淳子さんでやるということだったのでしょうか?

「遺書・白い少女」はCSで放送されたのが初見だったので、大場久美子さんが画面に出た時は、まるで~と思ったのですがオマージュだったんですね。
大場久美子さんが出演しているのも知りませんでした。

実は「コメットさん」が放送されている時期、大場久美子さんにうつつを抜かしてたんですね^、僕は(^^ゞ
ピクチャーレコードなんぞも持っています(笑)

「愛情の設計」も悲しい映画でしたね。

「愛と死を見つめて」は重すぎて、今まで2回しか見てないです。
子供の頃見てショックを受けて、CSだかBSで放送した問に2回目を見ました。焼いてありますがそう見る気にはならないですね。
淳子さん、やらなくて良かった・・

僕は、「若い人」「スプーン一杯の幸せ」「男はつらいよ 葛飾立志編」「出発」「病院坂の首縊りの家」辺りの淳子さんが好きだな。

Re: 「白い少女」

桜えびさん、こんばんは


> 「遺書・白い少女」にはそんなエピソードがあったんですね。
> リメイクは淳子さんでやるということだったのでしょうか?

本インタビューはムービーマガジン78年2月号に掲載されたもので、後に「星にスイングすれば」という単行本にも転載されたようです。
企画が実現しなかった理由は書かれていませんでしたけど、落合恵子さんの話題になった際に「愛と~」ができなくなって「白い~」をやることになったと明言されていますね。
別の書籍では「スプーン一杯の幸せ」の後に落合さんでもう1本映画を撮るという計画が書かれていましたから、処々の事情でそちらが優先されたのかも。尚、落合さんの印象に関しても述べられていますが、個人的にはちょっと衝撃が(笑)


> 「遺書・白い少女」はCSで放送されたのが初見だったので、大場久美子さんが画面に出た時は、まるで~と思ったのですがオマージュだったんですね。


大場さんの役柄はストーリー上必然性がなかったし、企画の経緯や脚本家が共通していることを考えれば、偶然の一致ではなさそうです。


> 大場久美子さんが出演しているのも知りませんでした。


私も全く存じませんでしたので、CSで鑑賞した時はちょっと驚きました。


> 実は「コメットさん」が放送されている時期、大場久美子さんにうつつを抜かしてたんですね^、僕は(^^ゞ
> ピクチャーレコードなんぞも持っています(笑)


そうなんですか。じゃ「遺書 白い少女」は2倍楽しめるわけですね(笑)
淳子さんと白い少女で共演された荒木康一郎君が、撮影前にも近代映画誌で淳子さんと共演されていて、「コメットを探している少年」と紹介されているのを見つけ、私も違う意味で喜んでましたけど(笑)。



> 「愛情の設計」も悲しい映画でしたね。
>
> 「愛と死を見つめて」は重すぎて、今まで2回しか見てないです。
> 子供の頃見てショックを受けて、CSだかBSで放送した問に2回目を見ました。焼いてありますがそう見る気にはならないですね。
> 淳子さん、やらなくて良かった・・
>
> 僕は、「若い人」「スプーン一杯の幸せ」「男はつらいよ 葛飾立志編」「出発」「病院坂の首縊りの家」辺りの淳子さんが好きだな。


「愛情の設計」には触れられていませんでしたが、自分の映画は人が亡くなるストーリーが多いと少し嘆かれてました。
このインタビューでは、淳子さんは「若い人」が一番好きだと書かれていますね。「病院坂~」撮影時のインタビューでも同じ発言されていたので、間違いないでしょう。
ただ、同じ雑誌に読者による77年邦画人気投票ベスト100の途中結果が発表されているのですが、愛情の設計が19位で若い人が59位、出発はランク外なんですよ。
総得票数が大したことのないマイナー誌とは言え、この投票結果はかなり意外でした。

歌手なのに年間3本も主演映画が公開されていることに改めて驚きますけどね。


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